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恋愛・青春小説 「pike start」  原田夕花の奮闘編  その3

恋愛・青春小説「PIKE START」
08 /20 2017
着替えを済ませ軽くシャワーを浴び、プール場に行くと、カルキの刺激臭が鼻腔を襲う。
普段から嗅ぎ慣れているが、人が多いからか、高校のプールよりもきつい臭いに感じた。
周りを見渡したが、原田はまだ居ない。
素っ裸になってパンツを履くだけの男と比べると、女子は時間が掛かるようだ。
プールは二面に分かれ一つは縦25m横12mに6コースの一般的なものと、もう一つは仕切りのない小さめな多目的プールだ。
建物の東側は一面ガラス張りで、二階は吹き抜けで休憩室からプール全体を一望できる。
目地のあるタイル床はツルツルしており、走ったら素っ転んでしまいそうで、俺はこけないように足元を見ながら小さな歩幅で歩き、他の利用者の邪魔にならないよう、壁際で準備運動を始めた。
あくまで原田のカナズチを治すためであって、本格的な運動はしないだろうが、万が一のことがあったら取り返しがつかないし、しっかり筋肉を暖めておかないと。
体を動かしていると、しばらくしてから原田はやってきた。
紺のスクール水着を着用していて縫い付けられたゼッケンには、「はらだ」と丸っこい文字で書かれている。
俺と同じで滑る床が怖いのか、ペンギンのようにつんのめって擦るように足を繰り出していて、その様子が可笑しくて俺は腹を抱えて笑った。
抑えようとしても歯と歯の隙間から笑いがこぼれて、どうにも抑えることができない。
原田は俺に近づくと、珍しいものでも見たようにこっちを凝視しつつ準備運動を始めた。
アップを終えると
「今日は私がバリバリ泳げるように『特訓』してくれるんですよねっ」
と、原田は目を爛々とさせていた。
その瞳は眼前の俺ではなく、まるで泳げるようになった『特訓』後の未来の自分を見ているみたいだった。
だがあいにくなことに、俺はカナズチを1日で競泳選手に変える魔法など使えない。
夢心地で25mプールへ行こうとする原田を、「おい」と呼び止め制す。
「キミが泳ぐのは、あっちね」
俺は立てた親指で多目的プールを指し示した。
「あのぅ、小学生くらいのちっちゃな子しかいないんですけど」
「だからいいんじゃないか」
軽蔑を含んだ眼差しが向けられる。
こいつ、何か勘違いしてないか?
「あの子たちを見て気がつかないか? 多目的プールの方が水深は浅いんだ。底に足がつかないと怖がるかと思ってな」
「なるほど、先輩なりに私に配慮してくれていたんですね」
「分かってくれたならいいんだ。順々に慣れていこう」
プールの水上には、クモの巣のように見える水紋が波打っている。
怪我しないよう細心の注意を払い、俺は爪先からゆっくりと入水した。
ぬるめの湯で長風呂してしまうことがあるが、このほどよい暖かさの温水プールもダラダラと浸かってしまいそうな心地よさで、思わず「ふぅ」と声が出てしまった。
「よし、まずはいつもやってるようにプールに顔をつけてみて」
促すと、原田はプールサイドから四つん這いのポーズで水面に顔を突っ込む。
その様は、まるでフードボウルに入った水を飲む犬みたいだった。
「1.2.3……」
数字を数えていき、6のカウントで原田が勢いよく顔を上げ、鬱陶しそうに頭を振り乱すとあちこちに水滴が飛ぶ。
「どうでしたか」
原田が訊ねる。
ざっと見た感じだと、問題点は気泡が出ていないことだ。
水中で呼吸を止めていては、たとえ競泳をする上で必要な筋力や技術が身についたとしても、長い距離は泳げない。
後から覚えさせてもいいが、水に慣れるのに体の一部分だけでも水に触れることは有効だし、苦でないならついでに呼吸法も教えた方がいいだろう。
「まずは顔をつけて息を吐くようにならないと。できそう?」
俺の問い掛けに原田は前腕を交差させ、バツ印を作って答えた。
「口に水が入ると、溺れたときを思い出すんです……」
考えていたより現状は厳しいらしい。
トラウマを思い出した原田は濡れた瞳を頻りに瞬きさせ、泪が落ちないように目に力を込めているからか、眉間に幾重もの深い皺が生じていた。
握り拳を作り、華奢な腕を微かに震わせているのは不甲斐ない自分への怒りだろうか。
ただただ明るく振る舞って本心を見せていなかった原田の心境を知る由もなかったが、誰にも直視されずに人々を照らし続ける太陽みたいな孤独だったろう。
「お前は自分を追い込みすぎるきらいがある。無理に治そうとしても、よくはならないよ。って、指導役の俺が言うべきじゃないなぁ」
原田は気丈にも顔を手で覆うと、体は陸に上がった魚のようにぴくぴくと跳ねていた。
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yuu_garakuta

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