FC2ブログ

スポンサーサイト

スポンサー広告
-- /-- --
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

恋愛・青春小説 「pike start」  原田夕花の奮闘編 その4

恋愛・青春小説「PIKE START」
08 /24 2017
原田が落ち着くまで、ベンチで休むことにした。
彼女の体が冷えないようバスタオルを巻き付けたが、傍から見れば、その光景は手錠を掛けられた犯人がジャケットを被せられ、警察に連行させられるみたいに映ったに違いない。
今の俺たちは目立っている、そ周囲のざわめきが全て俺たち二人の噂をしているように思えた。
だが原田を介抱することだけ考えると、雑音はやけに遠くに聞こえ、俺と原田だけ彼ら彼女らと壁一枚隔てた別の空間にいるようで、彼ら彼女らのことなどどうでもよくなっていた。
原田は疲れた犬の過呼吸にも似た荒い息づかいで、濁音の付いた「すいません」を絶やさない。
俺はそれに対し慰めや労りの言葉を返さなかった。
黙って受け止めてやるのが優しさだと、自分から止めるか続けるか切り出すのを見守った。
10分ほど経過したとき、外のセミの大合唱や子どもが水をバシャバシャさせて遊ぶのに負けない声量で、「先輩」という単語が耳を撫でた。
媚びや甘えた感じはなく、いつもの原田とはまるで別人のようだったが、俺は「どうした」と興味のない振りして返事した。
心配すればするほど、同等の、いや……それ以上の熱量を持って原田も俺に応えるだろう。
負担を掛けたくなかったのだ。
「やりましょう、『特訓』」
「ああ、再開しようか」
「先輩、改めてお願いしますっ」
腕で目をごしごし拭い、俺を覚悟を持った瞳で力強く見据えた。
「よーし、始めるか。座りながらでいいからな。水泳は鼻呼吸が基本だ。とりあえずハナクソが詰まったときみたいに、鼻で強く『ふんっ』って息を吐くんだ」
「たとえ方が汚いですよぅ……」
「口答えしないで、いいからやる。『ふん』『ふん』」
「『ふー』『ふー』」
気恥ずかしさが勝ったのか、獣が餌を匂うときみたいに鼻をヒクヒクさせる程度で、あまり息は吐けていない。
だが 、状況を考えれば上出来だ。
「いいぞ。吸うときは大きく『は』だ。『はっ』」
「『はっ』『はっ』」
思わず指導にも熱が入ってしまう。
周囲からは余程奇異に見えたのか、正面を通った少年は俺たちと目が合うと、しかめっ面で駆け抜けていった。
時折恥ずかしそうにうつむいたが、「原田」と名前を呼ぶとこちらに向き直した。
気にはなるが、気にしてもしょうがない。
「そして口から水が入らないよう、『ん』の口の形だ。『ん』、『ん』」
「『ん』、『ん』」
「よし、教えたことを反復して。『ふん』『は』『ん』」
「『ふー』『は』『ん』」
「じゃあ、プールで立っていると想定して動作を追加していこう。水面に顔が触れたときに『ふん』、顔を上げたら『は』『ん』」
「『ふん』『は』『ん』」
一通り呼吸法は覚えてくれた。
あとはプールで出来れば言うことなしだが、なに、泳げなくとも水に慣れさせる方法はある。
「風呂は怖くないか?」
「はい、お風呂は問題なく入れますよ」
「なら、風呂桶に水道水を張って、さっき教えたことを同じようにしてみるといい。」
指導をあらかた終えると、誰かがこちらを眺めているのに気が付いた。
視線の主は二つ結びの少女で、俺たちが見返しても物怖じする様子はなく、偶然目にしたというより意識してこちらを見ており、塩素の強いプールでゴーグルを付けていなかったのか、眼球の血管が木の枝が複雑に枝分かれするみたいに浮き上がっている。
用でもあるのだろうか?
それとも、さっき俺たちがしていたことが滑稽だったのか?
理由はそれくらいしか思い当たらない。
猫同士が睨み合い、互いに無言で縄張りを主張するかのような緊張感を保ったまま、時だけが無情に過ぎていく。
「何してるの? ママやパパとはぐれちゃった?」
沈黙に堪え切れず、原田が赤ん坊をあやすみたいに接する。
すると
「お姉さんたちこそ、何してるの?」
「もしかしてデート?」
「キスは済ませたの?」
次から次へと質問を投げ掛けた。
随分ませた子だ。
答えあぐねていると、側にいたその子の母親が横から割って入った。
「ユウコ、お兄さんたち困っているでしょ。すいませんねぇ。ほら、お兄ちゃんたちにごめんなさいして」
母親が屈んで少女の頭のてっぺんに手を乗せ、流し目でこちらを見遣る。
野卑な笑顔を浮かべており、善意の皮を被っていても俺たちを男女の関係だと邪推しているのが透けて見えて腹立たしい。
さっさと立ち去ろうと思い立ち、原田を引っ張って連れていこうと手首を握ったそのとき
「ごめんなさい」
と声がした。
少女のそっぽを向いて謝る仕草からは、私は悪くないという本心が読み取れる。
「上にアイスあったよ、食べたい!」
少女が走り出し、人混みの合間を縫って視界から消えていくのをただただ眺めていた。
「……あの、手」、原田は唐突に切り出す。
「悪い」
それだけ言って、俺は手を離した。
「せんぱい?」
上目遣いで俺を見上げるつぶらな黒の瞳孔は、夜空の天体のようにきらびやかに瞬く。
「せんぱい」、原田にそう呼ばれる度に耳かきを終えた後、耳へフーッとかけるような生暖かい吐息が肌を触った。
微かに石鹸の仄かに甘い香りが漂うと、頭の中がなんだか幸せな気持ちで満たされていった。
目のやり場に困って視線を下げたが、スク水の肩紐に腕時計のようなロッカーキーの鍵バンドを付けてあって、今度はそっちに
意識してしまう。
若干ずれた水着からは見える白の柔肌、焼いたモチのように膨らんだ胸、「タイムに関わる」と再三言うコーチの言い付けを守って毛がちゃんと処理された腋。
女の部分ばかりに目がいって、俺は原田を直視できなかった。
夏の蒸すような暑さのせいなのか、はたまた後輩ではなく一人の女子として意識してしまった体の火照りなのか。
夏は恋の季節とはこのことかと、今ならその言葉の意味が少しだけ分かった気がする。
「どうした。さっきから先輩、先輩って。」
自分自身のよくわからない感情に、つい語気が荒くなってしまう。
「いやいや、カップルに見えるみたいですよぉ、私たち」
原田はえらく上機嫌だ。
滲んだ汗が照明の光を照り返し、浅黒い肌は一段と輝きを放っている。
こらえきれないほど嬉しいのか、頬を緩ませては口を真一文字に閉じ、また頬を緩ませてを何べんもやっていた。
実際に付き合っているならともかく、からかわれることの何が嬉しいのか。
狭い部屋で声が反響するみたいに、数十秒前の怒りの感情が、心の中で幾度となく繰り返し響いた。
「下らないよ。男と女のアベックだと勝手に勘違いされるんだから」
「そういうものですかね」
「そうだ。からかわれたら、ちゃんと付き合ってないと相手に伝えること。いいな」
別に原田のことを嫌いというわけではないが、強く否定した。
年齢に開きのない年頃の男女が一組いれば、姉弟でも先輩後輩の間柄でも、無条件にカップル扱いされるものだ。
それ以上の意味なんてないと、無理矢理自分を納得させた。
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

yuu_garakuta

FC2ブログへようこそ!

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。