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恋愛・青春小説 「PIKE START」  一年前のあの日 その3

恋愛・青春小説「PIKE START」
09 /11 2017
四方を緑のフェンスに囲まれていて、野外の開放的な空間にも関わらず、どこか閉鎖的に感じるプール施設で、練習に励んでいた。
プール開きは5月に行われるので、プールを使えない10月から5月までの期間は、プールサイドでの筋トレが主な活動内容だ。
入浴前に汗を流すためのシャワーに目を洗う水道、所々苔の生えた、腰掛けると尻餅をついてしまいそうな木製ベンチ。
目ぼしいものは、それくらいしかない。
小学校のプールと同程度、或いはそれ以下のショボい設備だ。
一応、一心高校の名誉のため付け加えておくと、毎年関東大会まで勝ち進む実績はある。
だが悪く言ってしまえば、室内温水プールで一年中泳げる環境や、充実したトレーニングルームがないため、その強いには「県立校にしては」という枕言葉が付くだろう。
『流星』の如く有能な新一年でも現れるような奇跡でも起こらない限り、インハイなど夢のまた夢だ。
もっと力を入れた高校に入学したかったが、大会で名を連ねるような強豪校は、ほとんどが中高一貫校、県内有数の進学校で、自然と選択肢から消えていった。
満足のいく環境ではないものの、俺の学力で目指せる範囲では、最良の選択だったと信じたい。
―――そして過去の自分の正しさを証明するには、頑張って成果を上げる他ないのだ。
先輩たちを見ると、銃を向けられ「手を挙げろ」と脅されたときみたいに、手を後ろで組みスクワットをしている。 
極力膝を動かさず、正しい姿勢で行う。
「皆、頑張れー。自分に負けちゃダメだよぉ」
他のグラウンドでやるような運動部と違って、黄色い声援を送ってくれるのは、マネージャーくらいのものだ。
異性にモテたいといった理由で、水泳部に入部する奇特な人間はほとんどいない。
未経験者も歓迎しているが、ほぼ経験者ばかりだ。
だからか俺たち新一年を含め、皆、軽いウォーミングアップでへばらないくらいには、体を仕上げていた。
フォームの修正を促された者はいても、根を上げた者は一人とていなかった。
「普段している練習に、どんな効果があるのかを自問したことはあるか」
コーチは、ショーウィンドウのマネキンが着た衣服を品定めするみたいに、スクワットする部員たちに目をやりつつ訊いてくる。
「今のスクワットでは大腿四頭筋(だいたいしとうきん)、下腿三頭筋(かたいさんとうきん)、大臀筋(だいでんきん)、ハムストリングなど、主に太ももと尻まわりの筋肉を鍛えている。水中でのキック力の向上を目的とした練習だ」
コーチの言葉に返事をする部員はいない。
それほど練習に対して集中していた。
「疑問を持ち、何をすればいいか考え、解決策を見出だし、取り組んでいく。そうやって勉学に向かってきただろう。スポーツも同じだ」
コーチの視線は虚空を向いていて、俺には聞かせるというよりも、むしろどこか遠くに向けて語り掛けているように思えた。
ストレッチを終えると、数十秒の小休止。
体は暖まっていないのか、外気はまだ肌寒い。
「次は腕立て伏せ(プッシュアップ)1セット」
コンクリートの上に敷いた、長方形のマットの上に仰向けに寝そべる。
「一年たちは無理せず、膝をつきながらでいいぞ」
コーチの言葉に
「先輩たちと同じように練習します」
と俺は返した。
発言に面食らって目をぱちくりさせていたが、コーチは「わかった」とだけ言って止めはしなかった。
「始めッ!」
合図と同時に顎と大胸筋が、マットに着くくらいに腕を曲げる。
「ハァッ、ハァッ、ハッ……」
腹の底から、息が洩れ出る。
体勢を取るだけで精一杯だ。
呼吸をする度に胸や腸がびくびくと波打ち、火にかけたヤカンから出る湯気のように、熱い息が口元にかかった。
腕が震え、褐色の肌にはネズミの尻尾みたいな細い血管が浮き出ている。
それはまるで腕の筋肉という筋肉が、『無理だ』と悲鳴を上げているようだった。
高校受験で体がなまってしまったことも一因だろうが、腕立て伏せを、ただゆっくり行うだけで、これほどまで負荷が掛かるものなのか?!
これを3秒維持した後に、さらに3秒掛けてゆっくり体を持ち上げるだって!
止めたければ、オレンジのマットに身を預けてしまえばいい。
でも俺は、自分自身に負けたくなかった。
腕ではない。
執念が、この時の俺を支えていた。
「想像していたよりキツイだろう、三好。だが、適当に回数をこなすよりも効果がある。設備の整っていないウチが勝とうと思ったら、練習の質や効率を高めるしかないんだ」
俺の心を見透かすかのように、コーチが呟く。
自分の軟弱さを、周りに知られた羞恥心はなかった。
それよりも「早く数字を読み上げてくれ!」という気持ちの方が、遥かに強かった。
「いーち」
間延びした声が鬱陶しい。
「にー」
早く、早く!
「さーん」
思いっきり持ち上げる。
ただ一回腕立てしただけなのに、顔や体が火照っている。
「三好。背中が反って○イキのマークみたいになってるぞ。見栄を張らず、膝をつきながらでいい」
指摘されて、初めてしっかりとした姿勢で出来ていないことに気がついた。
「……すいません。コーチ」
「謝ることじゃないだろう」
別に、コーチに謝罪したかったわけではなかった。
決めたことすらこなせないのが不甲斐なくて、つい口をついたのだ。
けれど、それを嗤う人間はその場にいなかった。
ただ一人いるとすれば、それは俺だった。
何よりも自分自身が、自分を責めていたのだ。
「1時間練習したか。よし、10分休憩。各自しっかり水分を摂ること」
右腕に巻いた腕時計を見て、コーチが言う。
マネージャーのあきぴーが、凸型の飲み口の付いたドリンクボトルを、部員たちにを差し出した。
「ありがとう、あきぴー」
味はしないが、運動後の体には嬉しい一杯だ。
水で薄めたスポーツドリンクだと聞いた。
「ちゃんと甘いもの摂らないと。この糖質が、皆の筋肉になるんだから」
飲み干したボトルを見るや否や、有無を言わさず二杯目をくれた。
「千尋ちゃんもどうぞ!」
「あきちゃん、ごめんなさい。私、自分の分は持ってきてるから」
そう言うと小早川は、リラックスしたネコのように上唇と下唇の間から舌先をちょこっと出し、水筒を傾けて中身を流し込む。
ごく普通の動作なのに艶めかしく感じたことを、今でも覚えている。
口を離すと唇の端に玉のような水滴が滴り、ぽとりと垂れ落ちた。
「小早川さん、いつも持参したドリンクを飲んでるよね。中身はなんなの?」
俺は問い尋ねた。
「ハチミツレモンだよ。三好くんも飲んでみる?」
手の甲で口元の滴をふき取り、小早川は言う。
「ありがとう」
手渡されたが、だからといって気にせず飲めるほど、鋼の心臓ではなかった。
ホントに飲んでいいのか? いいのか? 
小早川に視線がいく。
フクロウみたいに丸っこい目を見開いて、まじまじ眺めていた。
近付けても、無表情は全く変わらない。
落ち着け。
飲んでと言ってくれたんだから、飲んでいいんだよな!
ああ! そうだ! 良いんだ!
その当たり前のことを受け容れるのに時間を要した。
汗が滲み出て、思うように動かせない体に、俺はそう言い聞かせる。
彼女との間接キスは、甘酸っぱい味がした。
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yuu_garakuta

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