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恋愛・青春小説 「PIKE START」  一年前のあの日 その4

恋愛・青春小説「PIKE START」
10 /01 2017
午後5時、他の季節なら空が真っ赤に染まっているだろうが昼間のように明るくなっている。
蒸し蒸ししていて生暖かいせいか、時折肌を触る風は涼しく感じた。
keiseiの英文字がデカデカ描かれた改札口を、フライドチキンのチェーン店とポストが挟むように立っていて、改札口前の片側一車線の道路を楕円を描くように、ずんぐりした車体の軽自動車が数台走っていた。
周りにはドーナツ屋のチェーン店などの小さな店舗が櫛比(しっぴ)しているくらいで、駅前だというのに殺風景極まりない。
7月の上旬から期末テストが始まり、試験休みで夏休みまで部活動はなく、理沙と二人で遊んだ帰り道、俺だけバス停に並んでいるところだ。
部活帰りの学生たちが並んでいるせいで屋根からはみ出てしまい、今日が雨でなくてよかったと心底そう思った。
二人とも離れると、また並び直す羽目になるので、飲み物は近くの自販機に、理沙が買いに行っている。
「ほーら、直人。低脂肪のココア! これ、好きでしょ」
肩を叩かれ振り向くと、キンキンに冷えた缶を、理沙は頬っぺたに押し当ててきた。
金属特有の、ひりひり痺れるような感覚すら覚える冷たさだ。
触れているうちに手の平の熱が伝わって暖かくなったりもしないし、熱いにしても冷たいにしても、金属は極端なのが嫌いだ。
しかし今は、その冷感すら心地いい。
「ちべたい 」
俺が言葉を口にすると、缶を手渡した。
手で口を押さえ眉を八の字にして、まんまと引っかかった俺を小馬鹿にして笑っていた。
「ありがとう」
目を細めて俺は返事した。
「ハハ、ごめんごめん。でも中学のころはココアなんか飲んでなかったのに、急に飲み始めるようになったよね」
「んなの、人の勝手だろ」
缶ジュースを開け、ココアを啜ってから俺は言った。
柔らかな甘さでついつい手が進む。
舌触りは粉っぽくて苦手だ。
飲み終えると幾分か腹が満たされたからか
「ふわぁ~」
と、俺は一つ大きなあくびをした。
目の前が暗くなっては視界が開けて、目の前が暗くなっては視界が開けて、反復される。
目の端がひくひく動くと、泣きたいわけでもないのに涙が滲み、ピントの合わないレンズ越しから被写体を見るように、世界がぼやけて見えた。
しかし意識は冴えている。
何故だろう。
ふと疑問が浮かぶ。
が、すぐに答えが出た。
あぁ、そうか。
俺は退屈しているんだ。
「どうしたの。もしかして寝不足?」
「いや、暇だなぁって。猫だって暇なときはあくびするだろう?」
「そうね、けどこういう日もいいものじゃない。普段は部活に勉強で忙しいし」
「ゆっくり休むのもいいけど、俺は泳いでいたい。そのために一心に入学したんだから」
理沙の言葉を噛み砕くより早く即答した。
いや、そもそも大した意味などないのかもしれない。
何の気なしの会話ですら、『休む』ことを拒んでいた。
理屈では、筋肉の発達に休養は不可欠だと分かっている。
でも、結果を出すためにも練習しなければいけない。
重さの釣り合わない天秤みたいに二つの気持ちの均衡が取れなくて、胸の中で右に左に心が揺れ動いていた。
「直人……選ばれなかったね、リレー選手に」
浮かない表情で、理沙は俺を見つめた。
このままずっと補欠なのではないかという不安や恐れ、結果を出せない己への怒り……。
そんな感情を、今の俺の台詞から感じ取ったのだろうか。
取り繕おうという気はなかった。
そういった気持ちが全くないわけではないし 、弁明すればするほど
俺は高校の名前を背負うに相応しくない。
端的に言ってしまえば、戦力外の役立たずということだ。
「そうだな」
理沙には不貞腐れたように映ったかもしれない。
が、不思議と自分の心は軽かった。
実力のみを重要視しているなら、他の部員にとってもフェアーな条件だ。
それでこそ、数少ない枠をもぎ取る価値がある。
「まだ一年生だから、先輩たちと差があるのはしょうがないよ。来年はきっと直人だって」
一年だから、それがレギュラーになれない理由になるものか。
一年でも実力や将来を見込まれて、レギュラーになれるやつだっているじゃないか。
けど、そういう奴は中学の頃からインハイに出場しているような天才なんだろう。
そうだ、俺はごく一握りの天才なんかじゃあない。
言葉のメスで、心の奥深くにくすぶったモヤモヤしたものを、ズタズタに切り裂き抉って傷つけていく。
執刀医は俺自身だ。
なんだかんだ自分の心は、自分が一番よく分かっているのだ。
「ああ、来年には一緒に出場できるように頑張ろうな」
不安な気持ちとは裏腹に、理想的な返答をしていた。
もしも会話に正解、不正解があったなら、解答用紙に載るような模範解答に違いない。
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yuu_garakuta

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